春のある日の、散歩道。
暮らしのエッセイ|vol.1
晴れた日は、散歩にでかける。
朝、カーテンの隙間から漏れる温かい光が部屋に満ちはじめると、ああ、今日は散歩日和だ、と思う。
なにげない瞬間の光がいとおしく感じられるのは、きっと幸せなことなのだろう。
幸せを噛みしめるために、わたしは歩く。
春だから、トレンチコートを着た。
大事な用事じゃなくたって、だれかと会う日じゃなくたって、自由におしゃれをしていたい。
わたしはわたしのために、好きな服を着るし、好きな靴を履くし、好きな鞄を肩にかける。
それだけで、今日という日が特別になる。
空の青。街路樹の緑。アスファルトのシルバー。
歩いていると、たくさんの色が目に飛び込んできた。
刻一刻と変化していく色たちが、この世界を形づくっているとわかる。
そういえば昔、忙しさに追われて色が見えない時期もあった。
隣の芝生ばかりに目がいく時期もあった。
下を向いていた時期もあった。
刺激を求めて、うろうろしている時期もあった。
今だって、ちょっとはうろうろする。
けれども最近、わかってきたことがある。
ほんとうに大切なものって、意外と少ない。
あの人の顔を思い浮かべる。あの風景を思い浮かべる。あの味を思い浮かべる。
あの頃の気持ちを思い出す。
大切なものを大切にする。
こんなシンプルなことですら、人はときどき忘れてしまう。
だからたまには、ゆっくり歩く。ふと立ち止まって、考える。
大切なものは、なんだろう?
帰り道、花屋を見つけた。みずみずしい香りに背筋が伸びる。
黄色にピンク、むらさき色。
あざやかな自然の色が、心をやさしく撫でていった。
花はいつも、そっと寄り添ってくれる。なにも言わずに、ただそっと。
ただそこにあるだけで、部屋が、暮らしが、人生が、パッと明るくなる。
しかも、なんでもない道端に咲いていたり、ワンコインで手に入ったりするのだ。
わたしたちは、そんな世界に生きている。
スウィートピーにガーベラ、かすみ草を買った。
「ありがとう。これ、つけとくよ」
お花屋のおじさんが、1本おまけしてくれた。
家に帰ろう。窓辺に花を飾ろう。
靴と鞄をきれいに磨こう。
わたしの世界を彩って、明日も元気に生きるのだ。
登場したアイテム
文:奥村まほ / 写真:CHIHIRO URABE
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