いっしょに歳を、とっていく。
暮らしのエッセイ|vol.3
ただ、そこにいるだけで、やすらぎをくれる存在がある。
たとえばこの子。「ナナ」という。
うるうると清らかな黒い瞳、たんぽぽの綿毛みたいにやわらかな毛、たまにうるさい「きゃんきゃん」という鳴き声。抱きしめたとき、わたしをすっぽりと包み込んでくれるやさしい体温。
わたしがうれしいときは尻尾をふり、かなしいときは何も言わずにそばにいてくれるところ。
ぜんぶぜんぶ、たまらなく愛しくて、魔法みたいで、同時になぜか切ない気もして、目があうたびに、恋をしてしまう。
ナナと散歩にでかけるときは、かならず革の鞄をもっていく。
毛色にあうように、キャメルの鞄を。
いつも使っていると、見た目も手触りも、ちょっとずつ変わっていく。
色が濃くなったり、艶が増したり、新しいシワがみつかったり。
鞄の変化に気づくたび、わたしはついほほえんでしまう。
そして思う。
こんなふうに歳をとれたらいいな、って。
老いていくのではない。
熟し、深みを増し、どんどんチャーミングになっていくのだ。
ナナと、わたしと、革の鞄。
いっしょに暮らして、いっしょに歩いて、
いっしょに歳を、とっていく。
「お家に帰ってきたよ」
腕に伝わる温度を大事にしながら、鍵をあける。
ナナはすぐさま、尻尾をふってリビングへと駆け出した。
お疲れさま、ナナ。
お疲れさま、わたしの鞄。
いつもいつも、ありがとう。
文:奥村まほ / 写真:CHIHIRO URABE
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